退職をめぐる問題

プチ研修

平成21年1月

退職をめぐる問題

①労働者の一方的な退職

本来、労働者が退職するには使用者に申し出てその承認を得て退職(労働契約の合意解約)するのが一般的ですが、それをせずに一方的に会社に通告したり、無断で退職して他社で働くようなケースもあります。このような場合の退職は有効とされるでしょうか?この点について言えば、使用者が一方的に通告して会社をやめさせる「解雇」については、民法の解雇(解約)自由の原則がありつつも判例法上厳格な規制があるのは前月にご案内した通りですが、労働者の方で一方的に退職することについては判例法上の規制はありません。つまり民法の規定通り、期間の定めの無い契約の場合は解約申し入れ後2週間を立つと退職が有効となります(ただし、期間をもって報酬を定めた場合には、当期前半に解約の申し入れをしたときは次期以降に効力は発生します)。また期間の定めがある契約の場合でも、やむを得ない事由があるときは直ちに契約の解除ができるもの(退職が有効)とされています。

とはいえ、無断退職など債務不履行によって会社に著しく損害を発生させたケースで、その損害額が確定できるものであれば、退職労働者に損害額の全部又は一部を請求することは可能です(民法415条による債務不履行による損害賠償請求)。この点を踏まえて、就業規則には自己都合退職の場合の退職申し入れの時期について、労働者の故意又は過失により損害を被った場合には、労働者又は退職労働者に対し損害賠償を請求する旨、についても明記しておいた方が良いでしょう。

②休職期間満了による自然退職

就業規則に、私傷病に基づく欠勤が長期にわたる場合に「休職」処分とし、「休職期間中に休職事由が消滅せずに復職できないときは自然退職とする」旨を定めているケースがありますが、このような休職期間満了による退職は有効とされるでしょうか?この点については、①期間満了日等一定の日に自動終了(退職)することを、②明白に就業規則に定め明示し、かつ、③その取扱いについて例外的な運用がなされていない、ならば定年と同じように終期の到来による労働契約の終了となり「解雇の問題は生じない」とされています。(昭和27年基収1628号)

③同業他社への就職や同業独立のための退職と競業禁止

会社の製品、製法や営業上の秘密を知っている社員が同業他社にスカウトされたり、退職して別会社を設立して同業を始めることは、会社にとって大きな痛手となる可能性があり、また守秘義務や信義則上も問題があるため、このような競業行為を禁止するよう就業規則に明記している会社が多く見受けられます。ただし、これは憲法の保障する職業選択の自由に抵触する恐れもあり、判例でも「就業規則の作成または変更によって労働者に労働契約終了後の競業禁止義務を一方的に課することは、労働者の重要な権利に関し実質的な不利益を及ぼすものとして原則として許されず、・・・」(平成7年東京地裁)としているように、単に就業規則で退職後の競業禁止を定めているだけでは効力をもって競業禁止を求めることはできません。かかる退職後の競業禁止が有効とされるには、次のような要件の対象労働者自身との特約が必要とされています。つまり①製造や営業等の秘密の中枢に携わる者であり、②その秘密が保護に値する適法なものであって、かつ、③特約をもってする限りにおいて有効であり、さらにその特約についてもア制限期間を限定しイ対象地域を定めウ対象職種や業務の限定を行いエかかる制限のなんらかの代償(研究手当、または役付手当に含まれるもの)が支給されていることが要件とされています。(昭和45年奈良地裁)

ただし、会社を退職して同業他社に就職したことが「会社の都合をかえりみず退職し、会社の業務に著しく障害を与えた」との退職金不支給事由にあたるとして訴訟となった例では、退職金規定は明確に競業禁止をうたったものではないが、原告の企業防衛のための規定であり、これを有効であるとした判例もあります。(昭和62年福井地裁)

また、旧会社の取締役らが、一斉に退職して新会社を設立し、旧会社と同一・類似の商品を旧会社の得意先に販売したことについて、「被告らが原告会社と競合する被告会社を設立することは自由であると言っても、その設立については原告会社に必要以上の損害を与えないように退職の時期を考えるとか、相当期間をおいてその旨を予告するとか、更には被告会社で取り扱う製品の選定やその販売先につき十分配慮するなどのことが当然に要請されるのであって、いたずらに自らの利益のみを求めて他を顧みないという態度は許されない」とし、被告らの共同不法行為であるとして損害賠償が認められたものがあります。営業秘密保護法規(不正競争防止法の改正法、平成3年)を審議した国会においても、この改正法で差し止めや損害賠償の請求の対象となる「営業秘密」とは「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって公然と知られていないもの」をいうとされており、その要件は①秘密として管理されていること(秘密管理)②生産方法、販売方法等の事業活動に有効な技術又は営業上の情報であること(有用性)③公然と知られていないこと(非公知性)の三つであり、このような法律上の「営業秘密」に該当するならば従業員の頭の中に入っている秘密も該当し、不正開示等にあたるときは退職についても規制できると政府は答弁しています。

以上